ブレーキダウン





何でもないちょっとしたことから大変な災いに遭う。
例えば友達と話しているとき、たまたま隣りに居合わせた男の方を見て笑ったこと
で、“俺のことを馬鹿にしやがって”といきなり背後から刺されてしまう。
こういった時本人には何が起こったのか、また何が悪かったのか見当がつかない。
見当がつかないから、解決の糸口がなかなか見つからない。
“ブレーキダウン”
カート・ラッセル主演のこのアメリカ映画は、そんなふとしたことから巻き込まれる
災いを描いている。
主人公は東海岸の大都会に住む40代の夫婦。
小旅行に向かう途中、一台のトラックと接触しそうになったことから妻が行方不明と
なってしまう。
要は金目当てのトラック野郎たちがサバンナを行く馬鹿な小金持ちを狙っただけのこ
となのだが、カート・ラッセルは終始頭に血が上りっぱなしで、冷静さの欠片もない
主人公を見事に演じきっていた。
ところが、どうも僕はこの手の映画が苦手だ。
この手というのはあまりに冷静さを欠く主人公がその愚かさ故にどんどん深みには
まっていく映画のことだ。
小学生の頃、当時仲の良かった同級生とスーパーへ万引きに行った。
ただやってみたかっただけだから、取り敢えず適当なものをポケットに突っ込んだだ
けで僕は満足したが、同級生は違っていた。
次から次へと要らないものまでポケットに放り込む。
片方だけでは入り切らなくなり、もう片方のポケットにも入れ始める。
“もう行こ、もう行こ”と、僕は懇願するように何度も奴の手を引いた。
“そんなにやったら捕まってしまうて”
逃げるに逃げられぬ状況に、どうしようもなく胸が苦しくて仕方なかった。

この映画を観ているとあの時のことを思い出す。
恐ろしく状況判断の悪い主人公が突き進むイバラの道。
ほとんど墓穴を掘っているようにしか見えないが、一応犯人たちの罠にはまった被害
者である主人公は、愛する妻を助けるために冷静さの欠片もない動物的な行動力で犯
人たちを追い詰めていく。
まるでブレーキダウンした暴走車そのものの主人公はひたすらまっすぐに作者のひい
たレールの上を進んでいくが、はっきり言って僕は何度となくレールの上から逃げ出
したくなった。
楽しいだろう?と言われればもちろん楽しいとしか言いようがない。
ドキドキするだろう?と言われればもちろんそうだ。
しかし、どう考えても不条理な行動を許せるほど楽しいとは思えない。
自分の足につまずいたような悲劇に大の大人が真顔でドキドキできるか?

この映画で災いと呼べるのはほんの一部しかない。
大部分はあまりに愚かな主人公が頭から湯気を立てて大きくしたものばかりだ。
更に質の悪いことにこの主人公は被害者面して最後の最後まで憶面もなく出てくる。
まだ小学生だった僕の同級生でさえ、二人して捕まった帰り道ではシュンと肩を落と
してすまなそうに歩いていたのにだ。

犯人の大型トラックが主人公夫婦の車を川に突き落とそうと突っ込んでくる映画のラ
ストシーン。
必死の形相で何とか逃れようとする主人公を見ながら、僕はあの時言いたくても言い
出せなかった一言を思い出してこの主人公と作者にぶつけることにした。
“お前みたいな奴は勝手にくたばっちまえ”




北原恵 1999.10.25




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